ミオが画面を見たとき、青葉商店街へ続く道だけが、地図の上で薄い灰色になっていた。

その下に短く表示されている。

この道は推奨しません。

青い案内線は、商店街の手前で左へ折れていた。

町で始まった混雑回避ナビの実証版だ。取材先の地域交流センターまでは、いつもの道なら九分。青い案内線では十五分。約束の時刻まで、あと十七分だった。

危険とは、どこにも書いていない。

それでもミオの足は、灰色の道へ入る手前で止まった。

前にレンと決めた確認の仕方を思い出す。迷ったときは、いつもの連絡先へ一度だけ確かめる。答えを変えさせるために何度も聞かない。

けれど、ナビの画面には連絡先も、理由を尋ねる場所もなかった。

いつもの道なら九分で着く。それでも、画面は自分の知らない何かを知っている気がした。

遅刻はしたくない。ミオは青い線を選んだ。

従ったことが間違いだとは思わなかった。ただ、自分で選んだはずなのに、選んだ理由だけが手元に残らなかった。


地図から薄くなった商店街

取材は、開始時刻にぎりぎり間に合った。

帰り道、ナビはまた同じ遠回りをすすめた。

今度は急ぐ理由がない。ミオは青葉商店街の入口まで歩き、そこで立ち止まった。

通行止めの柵はない。工事の音も、事故を知らせる掲示もない。

あるのは、いつもより人の少ない通りだった。

以前、自動運転シャトルが止まった場所には、魚屋の店主が立っていた。腕を組み、向かいの空いた歩道を見ている。

「そっち、通るの?」

「いえ、まだです。何かあったんですか」

「それをこっちが聞きたいんだよ。朝からみんな、スマホに避けろって言われたって」

店主が見せた画面にも、同じ言葉があった。

この道は推奨しません。

「危ない道にされたのかね」

ミオは、すぐにはうなずかなかった。

「危険とは書いてないです」

「じゃあ、なんで避けるんだ」

答えられなかった。

ナビが何を見ていたのか。混雑を減らしたかったのか。工事の予定を使ったのか。誰がこの表示を出すと決めたのか。

ミオが知っているのは、「非推奨」と表示されたという結果だけだった。

店主はスマホをポケットへ戻した。

「理由がないと、こっちは勝手に怖い理由を作るよ」

その言葉で、朝の自分の足が止まった理由がわかった。

画面は危険だと言っていない。けれど、理由を空白にしたまま、そう感じる余地だけを残していた。

ミオはナビの画面を撮った。店主へ「大丈夫です」とも、「問題があります」とも言わなかった。どちらも、まだ確かめていない言葉だった。

灰色の道を、自分で選ぶ

「で、あんたはどうする」

店主に聞かれ、ミオはもう一度、商店街を見た。

通行止めの表示はない。目の前にも、通れない様子はない。今日は急いでいないし、途中で気になることがあれば大通りへ戻れる。

朝には持てなかった、自分で決めるための理由が、今は手元にあった。

「今日は、こっちを歩いてみます」

「おすすめされてないぞ」

「はい。でも、通ってはいけないとは書いてありません。おかしいと思ったら戻ります」

ミオは音声案内を切り、灰色の道へ入った。

青果店の前では、店員が段ボールをたたんでいた。古い喫茶店からは、コーヒー豆をひく音がした。自転車を押す人とすれ違い、閉まった店の前を通り、反対側の入口まで歩いた。

反対側の入口まで、引き返すような出来事はなかった。

その一回では、何も起きなかった。

何も起きなかったからといって、明日も安全とは限らない。ナビが間違っていたと決める材料にもならない。なぜおすすめしなかったのかは、まだ分からないままだった。

ただ、朝とは一つだけ違った。

ミオはレンへ、地図の写真と短い文を送った。

今日は商店街を通れました。でも、理由はまだ分かりません。表示の理由を、どこで確かめられますか。

一度だけ送って、端末を伏せた。帰り道を決めるために、返事を待つ必要はもうなかった。

地図の中で、青葉商店街はまだ薄い灰色だった。現実の通りでは、魚屋の店主が次の客に声をかけている。

ミオは画面を閉じた。

今日の帰り道を決めた理由は、今度は自分の手元に残っていた。