金曜の夜、閉館後の「明日の選択室」で、レンは机の上の封筒を見ていた。
中身は、ミオが集めた未公開の取材メモだ。表には彼女の字で、二行だけ書かれている。
ノア確認後に開封。
外へ出す範囲は三人で決める。
二十一時四十二分、ミオから音声が届いた。
『レン、そのメモ、先に送って。ノアにはまだ言わないで』
声はミオそのものだった。急いでいるときの浅い息まで似ている。
レンは封筒の二行をもう一度見た。封を切らず、いつもの連絡先へ文を送る。
『音声が来た。資料は動かしてない。選択室で待つ』
続けて電話をかけたが、応答はなかった。
本物なら、待つ間に取材の機会を逃すかもしれない。偽物なら、一度送るだけで取材先の名前が外へ出る。どちらかを今すぐ決める材料はなかった。
レンは、分からないまま待つことにした。
その声は、ミオを知らない
二十分後、入口の扉が開いた。ミオは机まで来ると、封筒を先に確かめた。
「送ってない?」
「封も切ってない」
「よかった」
レンが音声を再生する。ミオは一度聞き、もう一度とは言わなかった。
「似てる」
「声はな」
ミオは封筒の文字を指でなぞった。
「でも、これは私じゃない。ノアさんの取材先も入ってる。私なら、ノアさんを外して送れなんて頼まない」
レンが待った理由を、ミオ自身が言葉にした。
「怖い?」
「偽物が話すことより、そのあとのほうが怖い」
ミオは端末を伏せた。
「私が本当に『もう来ないで』と言ったとき、都合が悪いから偽物だって決められたら、私の言葉はどこに行くんだろう」
地下から低い音がした。本当の不安に反応して、分岐スクリーンが動き始めた音だ。
「見に行く?」
ミオは首を振った。
「今は、未来より先に決めたいことがある」
「何を」
「次に同じことが起きたら、どう確かめるか」
レンは少し考えた。
「いつもの番号に、一度だけ確認する」
「同じことを言ったら?」
「そこで止まる。何度も聞いて、答えを変えさせたりはしない」
ミオはしばらくレンを見てから、うなずいた。
「それなら、いい」
二人は受信時刻と音声を保存し、ノアへの共有文を作った。犯人の推測は書かない。資料は動かしていないとだけ記す。
送信したあと、ミオはペンを取り、封筒の二行の下へ書き足した。
声だけでは開けない。
地下の音は、いつの間にか止んでいた。
偽の声は、ミオの息継ぎまで知っていた。けれど、大事なことを誰と決める人かまでは知らなかった。
